【坂本真綾】LIVE TOUR 2011“You can't catch me”@Zepp Sendai2011年06月18日 12時20分

まだ今年も半分以上残っていますが、おそらく今年最高のライブとなるでしょう。

席は2階5列目の下手寄り。
Zeppで初めての2階席でしたが、絶好のポジションです。
舞台全体がよく見えるし、大ホールに比べたら全然近いし、音も良いし。
音に関しては、真綾だからかもしれませんが。

この日の音は僕が参加した全7回のうち文句なくベストで、いわゆる「スピーカーの存在を忘れる」音でした。
箱が箱なので幾分デッドでしたが、舞台上で演奏されている音全てがはっきりと聞こえ、真綾の歌声がこちらに襲いかかってくるような押し出しの良さで、ひたすら真綾の歌に酔うことが出来ました。

真綾の声も絶好調。
国際フォーラムもすごかったですが、箱が小さい分この日の方が迫力を感じました。
テンションも最高で、MCでは言いたい放題w。
「MCが嫌いなので、MCのないライブがしたいけど、話し始めると止まらない」だの、「写真が嫌いなので写真集なんて考えたこともなかったけど、今回は記録として残したいから最初で最後の写真集を作る」だとか。
真綾らしくて僕は好きですが。

真綾らしいといえば、最後まで泣きませんでした。
ステージで泣くのは30でやめた、とか言ってましたが、ちょっとMCで潤むシーンもありましたが、歌は最後まで揺るがずに歌いきりました。
そういうかわいげのないところがまた可愛いです。

舞台経験が豊富なおかげで、歌う姿が良い意味で演技になっているのは、他の声優にはない特長だと思います。
ただかっこをつけているのではなくて、仕種でも歌の世界を表現していて、時にすごくチャーミングで、時にすごくハンサムで、眼が離せません。

ピアノ独奏で歌われる「ユニバース」。
ただ歌が上手いだけでなく、一つの世界を歌声一つで作り上げてしまう。
このあたりもミュージカルで培ったものが大きいのかもしれません。

Private Sky→Get No Satisfaction!→マジックナンバーと続くラストに向けてのラッシュは、ハンパないエネルギー。
真綾もバンドメンバーも本当に楽しそうで(はしゃぐ真綾がすごく可愛かった)、こちらもはしゃがざるを得ませんでした。
北川さんもこれまで以上に足を開いてアコギを弾いていました。
(あんなに足を開いて力を込めてアコギを弾く人は他にいないでしょう)

そして「光あれ」。
歌詞一つ一つを胸に刻みながら聴きました。
この状況で、そして仙台の地で歌われる「光あれ」。
安っぽい感傷と思われるかもしれませんが、大サビでは慟哭を止めることが出来ませんでした。
唇を痛いほど噛みしめていないと、本当に声を上げて泣き出してしまうところでした。

真綾の歌唱もまさに絶唱と言うに相応しい壮絶なものでした。
こんなに丸裸な、感情を剥き出しにした歌を僕は聴いたことがありません。
聴きながら、フルトヴェングラーの1947年5月27日の「運命」を連想しました。
シチュエーションも似ていますし。

それにしても、ノリノリの3曲をぶっ飛ばして歌った直後に「光あれ」を完璧に歌い上げる真綾の歌唱力は、つくづく群を抜いていると思います。

アンコール1曲目は「約束はいらない」。
真綾の歌も素晴らしかったのですが、クライマックスでの佐野さんの魂のドラムが凄まじく、全身が粟だって震えました。
ドラムが咆吼する姿を初めて見ました。

震災前(正確には当日ですが)・震災直後・とりあえず平静を取り戻した後と3期に分けて、計7回のライブに参加して、歌に対する感じ方が大きく変わったような気がします。
真綾の歌が持つ力、そして世界の変化に対応して真綾自身も変わっていく姿に触れて、非常にたくさんのことを感じました。
今後はライブへの接し方も少し変化するかもしれません。

このツアー、当初から映像化する予定はなかったとのこと。
商売っ気がないというか、このチームは真綾を中心に良い作品を作って、それでそこそこ飯が食えればいいというスタンスなのでしょう。
素晴らしい姿勢だとは思いますが、ファンとしては、もったいないなあというのが偽らざる本音です。

【クラシック】日フィル:第631回定期演奏会@サントリーホール2011年06月18日 12時24分

ストラヴィンスキー:交響的幻想曲「花火」
チャイコフスキー:ピアノと管弦楽のための幻想曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

指揮・沼尻竜典 ピアノ:小川典子

本来なら首席指揮者のラザレフが振る予定だったが、体調不良により急遽演目を変えて沼尻が登板。
沼尻は以前同じ日フィルを振ったブラームスの2番がメインプロの演奏会を聴いており、なかなか良い印象を持っている指揮者。
コクよりはキレで聴かせるタイプだが程良くテンションが高いというのがそのときの記憶だが、それは間違っていなかった。

プログラムはラザレフの指示がということだが、いずれも初めて聴く演目。
しかし、いずれも素晴らしい曲だった。

ストラヴィンスキーは、光彩陸離としたオケの音色が楽しい佳品。
「春の祭典」などはどこが良いのかさっぱり分からないが、この曲はごく短い作品であるせいか、実におしゃれで気が利いている。
ハルサイもこの延長線上だったら素晴らしい曲になったのではないか。

演奏会を通して改めて思ったが、日フィルは上手くなった気がする。
ラザレフが首席になり、オケが上手くないと話にならないプロコフィエフとかを良くやるようになったからだろうか。

チャイコフスキーは聞いたこともない作品だが、何だかよく分からない曲だった。
何というか、歌心にあふれたショスタコ、という感じ。
何だか妙にリズムが強調されるし、同じ旋律が執拗に反復するし、何を言いたいのかさっぱり分からない。
ただオケもピアノもボリュームたっぷりに鳴るので、退屈はしなかった。
退屈ではなかったが、「だから何?」という感じ。
タンブリンが大活躍で、演奏が終わった後指揮者に促されて打楽器奏者が単独で挨拶するという面白い光景が見られた。

ショスタコはもうショスタコ節全開の、ぶち切れた名作。
とにかくオケはハチャメチャなリズムで大音量で鳴るか、地獄の音楽みたいにひたすら暗い音を囁くかのどちらか。
何が何だかよく分からないが、とにかくソ連で生きていくのが辛いことだけは伝わって来るという感じ。
スケルツォと終結部の爆音が凄まじかった。

2階から見ていて、とにかく木管奏者の負担がハンパではなく、あれは楽器演奏経験のある人にどうなのか聴いてみたいところ。
ホルンはしょっちゅう裏声みたいな高音を出すし、ファゴットの首席が窒息して死ぬんじゃないかという長いパッセージがあったり、かなり消耗しそうな曲だった。
ともあれ、これはCDでも聞き込むべき曲だと思った。

全曲大編成かつ大音量だったが、沼尻はオケをキリッとまとめて良く鳴らしていた。
派手ではないが変に職人肌というわけでもなく、バランスの取れた良い指揮者だと思う。