回顧2008① 声優ライブ・イベント編2008年12月31日 00時36分

僕の2008年は、1/3の奈々さんのさいたまスーパーアリーナから始まりました。
これが奈々さんのライブ初参戦だったのですが、完全にKOされました。
圧倒的なステージにぶちのめされながら、これは気持ちいいぞ、と。
今思えば、この強烈な一撃で僕のハートに火がついたのでしょう。

2月から3月にかけては言うまでもなくずっとみのりんのターン。
歌を聴いてあんなにも感動したことはありません。
一桁番号で入場したO-EASTも良かったんですが、みのりんがメタモルフォーゼを遂げたなんばHatchは衝撃的でした。
個人的ベストステージはその次のダイアモンドホール。
支えがなければ立っていられないほどに泣き崩れたことなど、今までに一度もありません。

ステラボール初日の昼は、駅の反対側にある本社でミーティングでした。
下にツアーTシャツを着込んだ姿で出社してハードなミーティングに臨んだのもいい想い出ですw。

そうそう、3月にはあーやのシングル購入特典のイベントがありましたね。
さすがに曲数も多くいいイベントだったと思うのですが、いかんせんみのりんの印象が強すぎ、今なっては「そういうイベントがあったよね」というレベルの出来事となってしまっています。

4・5・6月はお休みの月で、7月はもちろん奈々さんの代々木。
二日間全力を振り絞って闘って参りました。
BLUE SIDEは2階だったため熱がこもり、タオルを絞ると普通にぞうきんのように汗が絞れました。
900のポカリでは足らず、後半は脱水気味になったり。
いやはや、身体の中にあるありとあらゆるものが燃焼した二日間でした。

8月はアニサマ(初日のみ)。
奈々さんが別格なのは当然として、みのりんの扱いがかなり大きかったのはファンとしてうれしかったですね。
実力も奈々さんと相前後しても遜色ないレベルであることが証明され、非常に良かったと思います。
SuaraさんとGRANRODEOさんに出逢えたのもこのイベントの収穫でした。

9月はradio minorhythmの公開録音。
くどいようですが、あの会場は渋谷公会堂です。
いやまあ、あんなに興奮したのは久しぶりでしたね。
アルバム発売まではある程度予想していましたが、ツアーまで発表してくれるとはぶったまげました。
『Voyager Train』にも魂持ってかれましたね。
あと、個人的には斎藤さんのかっこよさに惚れました。

10月は奈々さんのコマを外してしまったので何もなし。

11月はみのりんのBDイベント。
歌はそんなにありませんでしたが、いいイベントでしたね。
みのりんの弾き語り、大好きなんですよ。
曲はまだ拙いんですが、一生懸命な感じがとても心打ちます。
今度のツアーでやってくれないかな、と思います。

しかし、みのりんの手の柔らかさにはびっくりしました。
一応それなりに生きているので、それなりの人数の女性の手を知っていますが、あんなに柔らかい手をした女性を他に知りません。

12月は何と言っても台湾へのみのりん応援ツアー。
さんざん書いたのでもう繰り返しませんが、人生最高の経験だったと言っていいでしょう。
ライブやイベントそのものも素晴らしかったのですが、素敵な人たちと出逢えたことが何よりの収穫でした。
ゆいにゃんを見ることができたのも、今後の新たな指針になる出来事でしたね。

その翌週は新潟に飛んでGRANRODEOさんのライブ。
動くのが大嫌いな自分の身体がよくもこんなに動いたもんだ、と思った熱いライブでした。
最後の最後で今年一番激しいライブとなりました。
すごくすごく気持ち良かったです。

ライブに明け、ライブに暮れた一年でした。
そして、人生で一番楽しかった一年でした。
こうして思い返すだけで、幸せな気持ちになります。
そして、2009年はもっと楽しい一年になる予感が今からするのが、何より幸せなことだと思います。

回顧2008② その他アーティストライブ編2008年12月31日 00時37分

みのりんのツアー初日の翌々日が、チューリップのラストツアーのファイナルでした。
しかも会場はどちらも大阪。
何という巡り合わせだろう、と思いました。

今から35年前、チューリップはそれまで「リサイタル」と呼ばれていたものを初めて「ライブ」と呼んだバンドであり、ライブ会場に初めて自分のPAセットを持ち込み、ライブツアーのシステムを確立したバンドです。
ライブ好きにとっては、いわば創造神のようなバンドです。
そんなバンドの最後のツアー最終日と、これから出発するアーティストの最初のツアー初日が同じ大阪でほぼ時期を同じくして行われることに、僕は因縁めいたものを感じずにはおれませんでした。

還暦間近の財津さんの声は、27曲を歌いきって全くぶれることがありません。
むしろ後になればなるほど声が出てくる感じ。
年齢を重ねて深みを増した歌に包まれながら、大袈裟ではなく自分の心の故郷はこの歌声だと心底思いました。
(みのりんに出逢った今でも、その気持ちは変わりません)
もうこの歌声が限られた機会でしか聴けないと思うと、哀しくて仕方がありませんでした。

6月には今年唯一となるクラシックの演奏会へ。
小林研一郎指揮日フィルのチャイコフスキー・ガラ。
Vnコンも良かったのですが、やはりコバケンといえば何と言ってもチャイ5(チャイコフスキーの交響曲第5番)。
この日はオケが大変好調で、
フィナーレのコーダは思わず身体が前に乗り出すのを禁じ得ないほどの迫力でした。
来年はもう少しクラも聴きたいと思います。

夏コミ2日目の夜にはGARNET CROWのライブに行きました。
そもそもあまりライブをやらないバンドなので、バンドも客もライブ馴れしておらず、何となくぎくしゃくした雰囲気にむしろこちらが戸惑ってしまいました。
それでも生で聴く「夢みたあとで」は最高でした。
機会があれば是非また来たいと思わせてくれるライブでした。

11/26は小田さんの東京ドーム。
何度トライしてもなかなかチケットが取れず、結局最後の最後まで待たされる羽目に。
ゲネプロで腰を痛めて、元気に走り回る小田さんを見られなかったのは残念でしたが、あの美しい声は健在でした。
61歳で「さよなら」を元キーで歌いきるってのはどう考えてもおかしいですよ。
生で聴く「言葉にできない」にはやはり涙腺崩壊でした。
小田さんはあまり昔懐かしの人気曲は歌わない人だったのですが、自分で言う通り少し丸くなったみたいで、古い曲をいっぱい歌ってくれました。

今年は新しいアーティストを存分に楽しんだ一方で、原点にも回帰できた一年でした。
これからはなかなかライブに触れることはできないでしょうから、今年は本当に貴重な一年だったと思います。

回顧2008③ 宝塚編2008年12月31日 00時37分

今年は久しぶりにいろいろな組を観た1年でした。

まずは1月の星組。
少女マンガ(青池保子の『エル・アルコン』と『七つの海七つの空』)が原作ということで、原作ファンの宝塚未体験の友人に誘われて、僕がチケットの手配をして観に行くことに。
トップになったとうこを見るのは初めてだったのですが、すっかり貫禄ある素敵なトップになっているのにびっくりしました。
あすかも華のある娘役で僕の好みのタイプ。
僕も大いに気に入ったのですが、友人も宝塚に関心を持ったらしく、その後何度か一緒に観に行くことに。

次は宙組。
専科のトムさんをお迎えしての公演は、大劇場と東京で都合3回も観てしまいました。
僕は最近の貫禄の付きすぎたトムさんをあまり得手としないのですが、ここでの有無を言わさぬ男の色気(友人曰く「チ○コついてそう」)には否応なしに参りました。
それに絡むのが、ゆうが扮するあまりに萌え萌えなマッカーサー。
宝塚を腐女子的視点で見ることはまずないのですが、こればかりはゆうが×トムを宇宙の法則として認めざるを得ませんでした。

少し間が開いて月組の「ミーマイ」。
中堅ファンである僕にはゆりちゃん(天海祐希)のビルがあまりにも強烈で、正直せなはまだまだと思ったのですが、せな贔屓の友人に聞いてもやはり同じ感想を持ったとのことでした。
というより、せなのキャラクターに演目が合っていないというのが率直な感想でしたし、それは衆目に一致するところのようです。

続いて再度の星組。
当初は観に行く予定がなかったのですが、件の腐女子の友人が、友達から萌えるから観てこいと言われたとのことで、頑張ってチケットを手配しました。
特段萌え要素はありませんでしたが、ちっこいとうこが一生懸命カッコ良く決めようとするあたりはキュンと来るものがありました。
とうこもあすかも気に入ったので今後は追いかけていこうと思った矢先のW退団発表。
世の中上手くいかないもんです。

今年の〆は再度の宙組。
最初大劇場で観たときは正直つまらないと思ったのですが、東京でもう一度観たときにはこれもありかな、と思った次第。
それよりも、ゆうがとうめが少し痩せすぎなのと、ショーのゆうががあまりに踊らなさすぎなのが気になりました。

今年は久しぶりにいろいろ見たので、下の子も少しずつ憶えてきました。
来年はえり好みせずとりあえず全組観てみようかな、と思っています。

回顧2008④ 世相2008年12月31日 23時47分

ポジティブに考えれば、世界の歴史的転換点に立ち会っていると言えると思うのです。
この危機に際して、世界はどこまで落ち込み、そして立ち直るときが来るとしてそのときに世界がどのように変容しているのか、見届けられる立場にあるというのは、幸運なことです。

立ち直ることができるのであれば、ですが。

いかに日本の政治が機能していないかを露呈した一年でもありました。
政策より政局。
どんなに遅くとも来年秋には行われる総選挙では、とにかく変えなければなりません。
野党に政権担当能力がなかったとしても、一旦はそれを現実として突き付ける必要があります。
来年こそ「change」の年になって欲しいと思います。

景気が転落した今こそ、今まで見えていなかった社会の歪みが一気に噴出する時期です。
その兆しは既に明らかになっています。
それをいかに正していくことができるか。
この国の行く末を決める為の決断は、待ったなしです。

来年はいい年にはならないでしょう。
それが、病が進行する痛みではなく、回復のための痛みとなることを切に願います。