古キョンには財津さんの歌がよく合う2008年05月09日 01時04分

先日のスパコミでは素晴らしい古キョン本が大漁で、おかげで部屋はまるで廃人のそれのようですが、束の間の自由な時間は古キョンにまみれて過ごしており、大変充実した日々を過ごしております。

その間のBGMは財津さんの歌で固定。
財津さんの歌は古キョンの世界によく合うのです。

財津さんの歌は、小田さんと違って別れの情景を歌ったものが多いのです。
「心の旅」にせよ「青春の影」にせよ「サボテンの花」にせよ「虹とスニーカーのころ」にせよ、シチュエーションは異なりますがいずれも恋・愛の終わりを描いた歌です。
もちろん小田さんが得意とする、愛する人を想う歌もあるのですが、数の面でも質の面でも、別れの歌の方が上回っていると思います。

そして、古キョンの本質は終わるべき、枯れるべき愛だと思うのです。
古キョンは報われてはならない関係なんです。
いっときの情欲の燃え上がりはあるにせよ、世界を守るため、唯一絶対神涼宮ハルヒを裏切るわけにはいかない。
そのために二人は引き裂かれなければならない。

そう僕は思うのです。

実際にはそういう本はないので、その意味では欲求不満はなしとはしないのですが、仮に二人の想いが通じ合っている話を読んでいても、根底には脆さを孕んでいるという脳内前提を踏まえて読んでいるので、やはり二人の気持ちが離れていく歌がBGMには相応しいのです。

別れを描く財津さんの詞は実に秀逸なものばかりです。
思いつくままちょっと列挙してみると

「出逢いがもらう愛ならば 別れはあげる愛なのか」
「明るい嘘のように 無邪気なさよならが 僕らにできるなんて こんな弱い僕らに」
「別れられる強さ 僕の方はないさ」
「I love you ふたりなら うまくゆけたのに もっと幸せに 素直になれたら」
「この映画のラストシーンは僕には作れない」
「この街はまた大きくなった ふたりはまた遠くなった」

それぞれの曲をテーマにしていちいち古キョンが書けそうです。

一方で、相手を想う気持ちを歌った歌は、それはそれで古キョンなんです。

「きみの落とした悲しみの 数だけ僕が拾っていくよ きみの苦しみの重さだけ 僕に持たせておくれ」

ここにあげたのはほんの一部ですが、こんな詞が財津さんの美声で歌われるのを聴きながら素晴らしい古キョン本の数々を読んでいると、イイ感じに脳みそが沸騰してきます。

しかし、例えばアイシのヒル×セナとかには財津さんはあまり合わず、むしろ小田さんの歌が欲しくなります。
財津さんの歌は暗いカプと親和性があるようです。